『夜 半』
(榎関エロ初級編)
抱き合った後には――その相手が欲しくなるのが必然で――
関口と榎木津が、益田の予約してくれたという『小嵐亭』という老舗旅館に到着したのは夜も随分更けてからのことだった。花火の見物客の群衆に行く手を阻まれたからであったのだが、慣れぬ人ごみに関口などはすっかり疲れ果て、言葉少なく旅館の門をくぐったのであった。
案内を請うと女将が飛び出してきた。榎木津にくどくどと来館の礼を述べながら、自ら先に立って二人を導いてくれた。通されたのは本館から少し離れた小さな離れで、小さいながらも凝りに凝った造りと、その離れ自体が露天風呂を有しているところから、宿泊代は可也高額ではないかと知れる。
女将の計らいだろう、次々と料理が運ばれた。こんな遅い時間に申し訳ないとしきりに恐縮するのは関口ばかりで、榎木津は船盛に歓声を上げたり、もっと酒が欲しいとだだをこねたりして賑やかに食事を続けていた。
やがて食事も終わり、仲居が食器を運び出すと同時に男衆が布団を敷きにやってくる。食事中に無理矢理勧められた日本酒がきいてきたのと、今日の長い汽車の旅と人ごみに紛れる疲労とが相俟って、関口は敷かれた布団にごろりと横になると、あっという間に眠りの世界へとおちていった。
ぽっかりと目が覚めた。関口は見慣れぬ天井にぼんやりと眼をやる。ここは――ああ、榎木津に連れられて熱海に来たのだったな、と漸く思い出し、ゆっくりと身体を起こした。
隣の布団にいるはずの榎木津の姿は見えない。浴衣が脱ぎ散らかされているところを見ると、部屋についている露天にでも入っているのだろうか。関口はそろそろと立ち上がると露天の方へと向かった。
『好きだ』
互いに告げあい、口唇を重ねたのはつい先ほどのことなのに、まるで遠い昔の出来事のように感じる。今日一日が長いのだ、と自分に言い訳をしながら、ガラガラと音をたてて風呂の入口の引き戸を開いた。
果たして榎木津は風呂の中にいた。風呂から海が見渡せる――暗い海の上、満天の星が光る。ああ、綺麗だなと思わず見惚れる関口を振り返ると榎木津は
「関も一緒に入ろう」と半身だけこちらを振り向いてそう誘った。
案外、身体に酒は残っていなかった。何故だか少し照れ臭かったが、自分がそう感じているのを気付かれるのも嫌だったので、関口は何でもないことのように「うん」と頷くと、その場で浴衣の帯を解きはじめた。榎木津は関口の方へ背中を向けたままだ。そっとその隣に滑り込むようにして湯に浸かった。
波の音が聞こえる。夜になって少し気温が下がったのだろう、潮の香りを乗せた風も火照った顔に心地よい。ああ、と関口は声にならない吐息を漏らした。疲れた身体に染み渡るようなこの温泉のお湯といい、頭の上で輝く満天の星といい――来て良かった、としみじみと思う。
気付くと、榎木津の腕が自分の肩へと伸びていた。そのままゆっくりと湯の中で抱き寄せられる。
「関…」囁くその声は何処までも甘く、関口を何故か狼狽させる。
「関…」もう一度名を呼ばれ、口唇をふさがれた。榎木津の舌が関口の咥内に侵入してくる。先程花火の下で交わした口吻とはまるで違う。きつく舌を絡みとられ、深く深く口吻けられて、関口は思わず榎木津から身体を離そうと少し身を捩った。榎木津の口唇が外れる。
「…どうした?」関口を見下ろす鳶色の美しい瞳――その瞳に魅入られたかのように、関口は何も言うことが出来ない。榎木津の口唇がまた関口の上に降りてくる。関口はしっかりと目を閉じ、榎木津の首の後ろに廻した手に力を込め、彼を抱き締めかえした。
口唇を重ねながら、榎木津の手が彼の背を弄り、そのままそれが下へと降りてきて、そっと彼自身に触れてくる。関口は羞恥の念からその手を振り払おうと榎木津を抱き締める手を解いた。榎木津はそんな彼の抵抗などものともせず、そのまま彼自身をやんわりと包むとその細い指で愛しそうにそれを軽く扱き上げた。
「……」関口はやはり無言でその腕から逃れようと少し抗う。榎木津に己を握られているという情景を頭に浮かべるだけで、たまらなく恥ずかしくなってくる。そんな彼の心情を知ってか知らずか榎木津の指は益々彼自身に絡みつき、その劣情を煽った。
「…えの…」やめて欲しいというつもりで口にした彼の名が、たまらなく愛しいもののように感じる。関口は思わず榎木津の肩口へとその顔を埋め、彼を抱き締める腕に力を込めていた。
「関…」榎木津の少し掠れた声が益々関口の雄を勃ち上がらせる。不意に榎木津の腕が外れ、関口の腰を支えた。え?というように彼を見ると、榎木津は
「立って」と関口を見返す。
立つ?と問い返そうとする彼を、その腰に廻した手で無理矢理湯の中へと立ち上がらせると、榎木津は自分の目の前に来た関口自身をいきなりすっぽりとその口に含んだ。
「…っ」突然の彼の行為に関口は言葉を失い、慌てて身体を後ろへと引こうとする。が、榎木津の腕はそれを許さず、強い力で彼の身体を固定した。榎木津の舌はまるでそれ自体が意志をもつ生き物のように彼自身に絡まり、その竿から先端の部分までを丹念に嬲ってゆく。すっぽりと喉の奥まで己自身を咥え込まれたかと思うと、その口唇と舌を使ってゆっくりとまたその先端の方へ向かって刺激を与え続ける。
関口は低く声を漏らした。自分では立っているのが辛いほど己の雄は猛り狂い、その快楽の出口を求めて震えている。思わず榎木津の肩に手をつき、腰を引こうとすると、榎木津はそれに気付いて一瞬彼自身を離した。
「中で出してもいいぞ」彼の美しい口唇があまりにも相応しくないその言葉を告げたとき、関口の中で何かが弾けたような気がした。すぐにまた榎木津は関口をその口に含んで舌を絡ませてくる。月明かりの下、榎木津が自身を咥えるその姿を、彼の口の間から垣間見える猛る己自身を見ているうちに、関口は己の高まりを抑えることが出来なくなり――彼に言われる通り、榎木津の口の中で果てたのだった。
榎木津は音を立ててそれを飲み下すと、まだ痙攣を続けるそれを丹念に舐めとっていった。関口はたまらずそのまま湯の中へとその身体を落としてゆく。その背を榎木津の力強い腕が支え、彼の方へと抱き寄せた。関口の手も思わず榎木津の背に廻る。彼の上に座り込むような形になったとき榎木津の硬い雄をその内腿に感じうっすらと眼を開く関口に、榎木津はその鳶色の瞳を細め
「今度な」と微笑むと、愛しげに彼の髪を撫でた。
そのまま湯のなかで眠ってしまったらしい。翌朝周囲の明るさに目が覚めたとき、関口はきちんと布団の上で寝ていた。ふと横を見ると榎木津が彼に背を向けて寝ている。
昨夜――
夢かなと思いながら、自分の髪が濡れているのに関口は気付いた。榎木津の髪も濡れている。
目覚めた彼に自分はなんと声をかけるのだろう。そんなことをぼんやりと思いながら、関口は彼の背が規則正しく上下するのを何より愛しい思いを胸に見詰め続けた。
<終>