習 作




初夏の日の木漏れ日を思わせる陽の光が君の頬にちらちらと落ちている
窓にかかる白きカアテンのレエスの翳(かげ)が僕にそんな連想をさせるのだろう。


白き頬。美しき亜麻色の瞳は今は閉じられているのだけれど、その額に落ちる髪と同じ色の長い睫が時折微かに震えるように動くのは、君がまもなく目覚める前触れだろうか。


もう少し僕に時間をくれないだろうか。
君の紅玉(ルビー)の如き口唇が僕の名を呼ぶという夢想に漂う時間を。
陽光(ひかり)を受けて金褐色に輝くその髪に顔を埋める願望に、焦がれるほどに捕らわれ行く時間を。


君が目覚めて後には、決して抱くことすら叶わぬこの想い、この願いを
君の安らかな寝顔を眺めながら、徒に何度もこの胸へと呼び起こし、またかき消さんとし
傷つき、また癒されんとし、育み、また滅しようとするこの矛盾に満ちたる心をいとおしみ、また蔑み


君は知るや 我が胸に熱く滾(たぎ)るこの想いを


ふと漏れる我が溜息が、君の浅き眠りを覚まさぬように、
君の顔に落ちる木漏れ日の如き朝の陽光(ひかり)が君を目覚めさせぬように
切に願いながら君の睫の揺れる様を見つめ続ける想いを、決して目覚めしあとの君に気取られんことを戒めにと定めながら
君の髪に落ちる金色の光にただひたすらに憧れ続け、僕は君の安らかなる寝顔を見つめ続ける――






「なんだね、これは」
急に後ろから声をかけられて、関口は想わず「うわあ」と悲鳴のような声をあげた。慌てて振返ると、果たしてそこにはやはり度肝を抜かれたような顔をして佇んでいる京極堂の姿があった。
「なななななな…き、君は、い、いいい」思いっきり吃ってしまって言葉にならない関口に対し、京極堂はすぐに落ちつきを取り戻し
「『なんだって君はここにいるんだい?』とでも聞きたいのかい?それとも『いつ、入ってきたんだ?』かな」と手にした原稿用紙をひらひらと舞わせながらそう尋ねる。
「か、返せよ」慌てて関口は京極堂の手からそれを取り上げようと立ちあがったが、ひょいと軽くかわされ、前につんのめりそうになってしまった。
「さっき、玄関口で何度も声をかけたんだぜ?返事がないのでどうせ君のことだ、昼寝でもしているんだろうと上がってきたら、一心不乱に原稿を書いてるじゃあないか。仕事熱心は結構だが、少なくとも戸締りはするんだな。起きていながらこの注意力のなさでは、空き巣どころか居ながらにして泥棒に入られても仕方がないよ」
「か、返せってば」京極堂の嫌味など少しも聞かずに、関口は彼の手の原稿を取り上げようと必死になっている。京極堂は、やれやれ、といった感で、
「何を一体慌ててるんだね」と原稿を関口に向かって差し出した。関口はひったくるようにしてそれを奪う。
「い、一体どうしたんだい?急に君が訪ねてくるなんて…」話を逸らせようとするのが見え見えの関口の問いを、京極堂はまるで無視して
「それは、榎さんのことじゃあないのかい?」と意地悪く関口を見たものだから、関口は
「なっ」と真っ赤になって口篭もってしまった。
「君が一心不乱に書いていたのは恋文かい?」
「なっ…」
京極堂は絶句している関口の手から、またその原稿を取り上げ、声に出して読み始めた。
「『初夏の日の木漏れ日を思わせる陽の光が君の頬にちらちらと落ちている
窓にかかる白きカアテンのレエスの翳(かげ)が僕にそんな連想をさせるのだろう。』」
「なっ…」関口はまた、それを取り上げようとやっきになる。
「『白き頬。美しき亜麻色の瞳は今は閉じられているのだけれど、その額に落ちる髪と同じ色の長い睫が時折微かに震えるように動くのは、君がまもなく目覚める前触れだろうか。』」
「きょ、京極堂!」関口は必死で京極堂にしがみつき、その手から原稿を奪った。
「……榎さんだろう?」
「ち、違うよ」関口は弱々しくそう否定する。が、その耳まで紅潮した顔といい、おどおどと逸らされた目線といい、聞かれる前から『YES』と答えているようなものである。
「…君が違うというのなら違うんだろう」あっさりと京極堂はそう言うと、関口から眼を逸らせた。関口はあからさまにほっとしたような顔をして、京極堂を見返し
「習作だよ…まるで駄目だ。僕に恋愛小説は書けないらしい」と聞かれてもいないことをとつとつと話し出した。
「……習作にしてもひどいな。文語口語が交じり合ってる。文面から感じられるのは『君』に対する熱き思いだけだ。だいたい冒頭からしてなっちゃいない。いいかい?そもそも……」京極堂がいつものように酷評を述べるのを、関口は、それこそ更に顔を紅くしながら聞いていたが、ひとしきりそれが済んだのがわかると
「お茶でも入れるよ」とこそこそと原稿を懐へと仕舞い、部屋を出ようとした。
「関口君」不意にその背中に向かって京極堂が声をかける。
「え?」思わず振返った関口に、

「君は何時、榎さんのこんな安らかな寝顔を見たんだい?」

尋ねた京極堂の表情は逆光になって、はっきりとは見えなかった。何より関口の頭に血が上ってしまって、京極堂の表情など見る余裕などなかったのだけれど。

京極堂はふいと絶句する関口から顔を逸らし
「熱き想いだけは感じられるがね」と小さく呟くと、茶は出涸らし止めてくれよと、全くもって自分を棚に上げたようなことを、関口に向かってぶっきらぼうに言い捨てたのだった。

<終>