ながい愛(B'z) U

理由など考えたことがなかった。
出会った瞬間から、ただただ愛しかった。
告げるにはあまりにも彼は危うくて
僕もまた今の関係を壊してしまうリスキーな行為をする勇気がなかった。

「勇気がない」…我ながら笑ってしまう。
もっと「勇気」が必要なことを乗り越えてきたというのに。

だがそれも遥か昔のことだ。


「榎さん?」関口の問いかけに、榎木津はああ?と彼のほうに目を向けた。
「どうしたんだい?ぼんやりして?」心配そうに自分の顔を覗きこむ関口の肩に腕を廻し、榎木津はそのまま彼を自分の腕にと抱きこんだ。
「な??」何するんだ、と少し暴れるのを面白がって、ますますきつく抱きしめる。関口はすぐに大人しくなって、おずおずと榎木津の背中に自分の腕を廻してきた。
そのまま軽く口吻け−。
口唇を離すと、じっと自分を見上げている関口と目があった。
「どうした?」と問いかけると「榎さんこそどうしたんだい?」と逆に問いかけられて、榎木津はつい苦笑してしまった。
「僕だってたまにはぼんやりすることもあるさ。」ぼんやりは猿の特権じゃないぞ?と笑って榎木津はもう一度関口を抱き締めた。と、そのとき、音楽を聞くために付け放ししていたラジオから、突然あの「玉音放送」が流れてきた。
え?と二人はついそれに耳を傾ける。
「そうか…今日は終戦記念日だったね」関口はそう言うと、何故かこつん、と頭を榎木津の胸にぶつけた。「そうだな」榎木津は、そんな関口の背に腕をまわしながら片方の手で関口の髪をなぜた。
「だからなのかい?」関口は榎木津の胸に顔を埋めたままそう問いかける。
榎木津は暫く黙って関口の髪をなぜていたが、ぽつりと
「…もう駄目だ、と思ったときに、真っ先に思ったのは…」と呟いた。
「…照明弾を受けたときかい?」黙ってしまった榎木津の先を促すべく、おずおずと関口が問いかけた。榎木津は、ふっと笑うと、ああ、と頷いて、「その時心の底から後悔した。関に何も言わなかったことを…」と、関口を抱く腕に力をこめた。
「僕に…?」
「関が好きだと、僕はついに言うことがかなわなかった。それだけを考えていた。」
「榎さん…」関口は小さな声で彼の名をよんだ。
「一命をとりとめてからは、生きて日本へ帰ることしか頭になかった。日本へ帰ったら真っ先に関を探そうと、捜し出して今度こそ絶対言おうと…本当にそのことばかりを考えていたな」榎木津は、関口の髪をなぜていた手を彼の背に回し、そのまましっかりと抱き締めた。
「榎さん…」関口の声を自分の胸に感じながら榎木津は続けた。
「なぜか関が死んでる気はしなかった。死んだら絶対に自分にはその瞬間がわかるという自負があった…実際関は生きていて、再会をしたときに…僕は何も言えなかったが…」
「『やあ、猿くん!やっぱり生きてたな!さすがは僕の下僕だ!』」突然関口が普段より1オクターブは高い声でそう叫んだ。思わず榎木津の腕が弱まる、と、関口は少しだけ榎木津から身体を放して、「そういったんだよ。」僕は随分嬉しかった、と笑った。
「…そんなことを言ったのか。僕は」よく覚えてるな、と榎木津が苦笑する。
「随分久しぶりに会ったのに…その間には、「戦争」があったのに、まるで変わらない榎さんが嬉しくて、僕はつい泣いてしまったよ」と関口は真っ直ぐに榎木津を見上げた。
「戦争が終わったんだ…僕が一番最初にそう思えたのは、榎さんと会えた時だ」
「関…」榎木津も真っ直ぐに関口の瞳を見下ろした。
「多分そのとき、僕は二度目に榎さんに恋をしたんだね」
「二度目?」榎木津の鳶色の瞳が少し見開かれる。
「一度目は最初に会ったとき。『君は猿に似ているね』と言われたときだ」
「…ほんとうに、よく覚えているな」榎木津はその白皙の顔をほころばせると、力一杯関口を抱きしめた。
「随分遠回りをしてしまった…もっと早くに関に言う勇気を出せばよかったな」戦争から帰って来てからも、いざ「日常」がはじまってしまうと、あれだけ決意した関口への告白も、彼を失うことの怖さからどうしても果たすことが出来なかった。これからの未来を、彼なしで過ごすことのほうが今度は怖くなってしまった。
こうして気持ちが通じ合い、今一緒にここにいる−榎木津にっとって、それは奇跡に近いことだった。だが−
「遠回りでもいいよ?まだまだ先は長いんだから…」
あまりにもあっけなく手に入ってしまった奇跡。今度はそれを失うのが何より怖いが、関口がそんなことを言うものだから、本当にこんな幸せが永遠に続くように思えて、榎木津は嬉しくなって、ますますぎゅうと関口を抱きしめたのだった。
「…長いよ…ね?」心配気におずおずと言葉を足した関口がまた可愛く思えて、榎木津は
「当たり前だっ」と関口に音を立てて口吻けた。

窓の外では、ツクツクボウシが鳴いている。
盛夏も過ぎつつある「その日」の午後の出来事−。
<終>