榎さん月間宣言記念(笑)


見つめる瞳
(甘甘バカップル編)



目覚めたとき当然横にいるべき関口の姿が消えていることに気付き、榎木津は軽く舌打ちして起き上がった。
いつもの目覚めの悪さが嘘のように目が冴えている。いったいあいつは何処へ消えたのか…と部屋の中を見まわすと、床の上で一人膝を抱えているかの恋人の後姿が目に入った。榎木津は溜息混じりに寝台から降りると、
「おい」とコツンとその頭を後から軽く小突く。
「…あ、おはよう」寝ぼけたような関口の声。彼は床に座ったまま寝ていたのだろうか?一体なぜ?いつから?昨日は久々に二人で逢えたことが嬉しくて、随分遅くまで身体を重ねていた。疲れきったように関口が、自分の腕の中で寝息をたてはじめたその顔が愛しくて、榎木津は起こさぬように気をつけながらその背を抱き締め直し、自分も眠りについた。
それなのに、一体なぜ彼は、いつ彼は己の腕から逃れて床の上で一人膝を抱えて寝ているのだ?
「おはようじゃないぞ」そのまま関口の腕を掴んで寝台へと引っ張り上げる。
「……え?」まだ寝ぼけているのか、榎木津のなすがままに寝台へとその身体を移動させ、関口はぼんやりと榎木津を見上げる。
「いつの間にベッドから転がり落ちた?」あお向ける関口に覆い被さりながら、榎木津がそう囁いた。
「もう朝だよ、榎さん」少しずつ意識が覚醒してきてるのか、関口が思い出したように抗いはじめる。
「いつだ?」彼の問いかけを無視して、榎木津は同じ問いを口にしながら益々その美しい顔を関口のそれに近づけた。
「……なにが?」関口は榎木津の手を逃れようと軽く抗う。
「いつ、ベッドから落ちたんだ?」溜息まじりに榎木津は三度(みたび)同じ問いを口にした。
「いつだろ…いつのまにかだよ」少し榎木津の腕が緩んだのを察し、関口は彼の腕を擦り抜けるとその場に身体を起こす。
「なんだか、榎さんがあまりにも気持ち良さそうに寝てるから…邪魔しちゃいけないかと思ってさ」
「だいたい、なんでベッドから転がり落ちるんだ?」榎木津はごろり、と寝台に寝転がり、そんな関口を見上げた。
「……さぁ…」関口は何故かそこで擽ったそうに笑うと
「朝だよ。榎さん」と榎木津の髪をさらりと撫でた。
「…気になるな」その微笑に何かウラを感じて、榎木津も関口の髪に手を伸ばす。
「起きようよ」関口がそんな榎木津の手を避けるように頭を引くと、その手を掴んで起きあがらせようとした。
「気になる」今度は関口のなすがままに身体を起き上がらせながら、それでもしつこく榎木津は関口の顔を覗きこんだ。
「何が?」
「ほんとに転がり落ちたのか?」寝台の上に身体を起こすと、関口と目の高さが同じになった。
「別にいいじゃあないか」と関口はやはり擽ったそうに笑う。
「よかない」ぶすっと榎木津はそんな関口から視線を外し、不機嫌そのものにそっぽを向いた。
「夜中にふと目が覚めたとき――榎さんの顔があまりに近くにあって…」
関口はそんな榎木津の髪を撫でながらぽつりぽつりと語り出す。
「ちゃんと顔が見たいな、となんだか思ってしまって……それでベッドから降りたんだ」
榎木津はそっぽをむいたまま動かない。
「榎さんの顔を見てるうちに……僕が一人占めしていてほんとにいいのかなあと…こんなに気持ちよさそうに寝ている寝顔を、僕が一人占めしていてもいいのかなあと…なんだかそんなことを思ってしまって…」くすり、と関口はそこで笑った。
「なんだか……あまりにも幸せで…僕ばかりがこんなに幸せでいいのかなあと思ったら」
榎木津がゆっくりと関口の方を振り向いた。
「なんだか泣けてきてしまって」榎木津と眼が合うと、関口は慌てたように目線を外した。その瞳に涙が滲むのを榎木津が見逃すわけがない。
「……ほんとに泣く奴があるか」その頬に手をやり、自分の方を向かせようとすると、関口は首を横に振りながらその手を逃れようとした。
「……馬鹿」そんな彼の動きを易々と封じて、榎木津はしっかりと彼の顔を捉え、その口唇を己のそれで塞ぐ。
一人膝を抱きながら、関口が何を想い、何に涙していたのか――

僕は自惚れてもいいのだろうか

この一夜、眠れぬ夜を過ごした彼を、榎木津はあくまでも優しく抱き締める。
「一人占めとはなんだ」その涙の名残を指で掬いながら、榎木津は
「それを言うなら『二人占め』だ」と微笑み、泣き笑いのような表情を浮かべた腕の中の恋人にふたたびそっと口吻けた。

「そんな日本語はないよ」負け惜しみのように呟くその声を何よりも愛しく想いながら――
<終>