不思議の国のアイアイ@
(エセ京極堂シリーズ)




『シーザーかく語りき』






「君が好きだ。関口君」
「僕だってお前が好きだぞっ!セキ!」


一体どうすればいいのだろう。


別々に…そして同時期に、同性の、しかも親友――心の友とずっと信じてきた二人の男に――



愛を告白されてしまった。




ごろり、と関口は寝返りをうった。夢と思いたいのだけれど、あれは間違いもなく現実で――

昨日、京極堂の家にいつものようにぶらぶらと暇つぶしに行き、そこでいきなり――本当に、いきなり口唇を奪われた挙句に

「ずっと君が好きだった」

仏頂面を崩すことなく、『知人』の彼にそう告白されたあと、動揺のあまり何故か訪れてしまった榎木津の事務所で彼にその記憶を見られ、激昂した彼にまた口唇を奪われて

「僕だって、お前が好きだったんだぞ!」と麗しい瞳で見つめられ――

一体自分の身に何が起こったというのだろう……

「おい」急に頭の上から声が降ってきて、関口は文字通り飛び起きた。
「だ、旦那…」いつの間に入ってきたというのだろう、入り口に佇んでいたのは木場である。
雪絵は千鶴子と一緒に芝居見物に行くと出かけたばかりだった。
「鍵もかけずに昼間っから居眠りたあ、無用心がすぎるぜ」
あきれたように木場はそう言いながら、手にした包みを「ほら」と関口に投げてよこした。
「あちっ」取り落としそうになる関口に手を添えて
「折角買ってきてやったんだから、落とすなよ」と木場は包みを保護し、解きはじめる。
「う、うまそう…」と、まだ湯気をたてているたこ焼きがあらわれた。
「屋台が出てたもんだな。買ってきたんだ。一緒に食おうぜ」木場が突き立てられた爪楊枝の、2本のうちの1本を手にとって、先にたこ焼きの一つを浚(さら)った。
「あ、ありがとう」つられたように関口もたこ焼きを口に運ぶ。不思議だ。昨日から何を食べる気力もなかったというのに――そのたこ焼きは驚くほどに美味かった。
「意外に美味いな」ざっと数えて、一人4個ずつだぞ、などと細かいことを言う木場が妙に可笑しくて、関口はそうだね、とそんな彼に笑みを返す。
と、そのとき
急にガラガラガラッと玄関の引き戸が開く音と共に
「セキ!いるかっ」と騒々しい声がした。
「近所迷惑じゃないか」と不機嫌極まりない声がその後に続く。
昨日の記憶がいきなり甦って、関口のたこ焼きを咀嚼する口の動きがとまった。
「何だ!うるせーな」そんな関口の顔をちらと見やると、木場は舌打ちをしつつ立ち上がる。
「煩いとはなんだっ!第一なんで箱男がこんなところにいるっ?」大股で短い廊下を突き進んできた榎木津が、関口たちの部屋の入り口に立ち塞がった。
「それを言うなら、なんであんたがここにいるんだ」後から町内中が死に絶えたような仏頂面を、京極堂が覗かせる。
「うるせぇもんはうるせぇんだよ」そんな二人の前に、壁男ならぬ箱男が関口を庇うように立ち塞がった。
「なんだッやるか?」ふふん、と余裕の笑みを見せつつ腕まくりをする榎木津を
「一体、あんたはほんとに何しにきたんだ」と後から京極堂が制する。
「そうだッ忘れていた!」いつもながらのいきなりの切り替えに木場がついていけなくなって一瞬身体を引いたそのとき、
「お前の返事を聞きに来たのだ」と、榎木津が関口の腕を取った。
「榎さん、気易く触らないでくれ」背後から音もなく近付いてきた京極堂が、関口のもう片方の腕を取る。
「お前こそ、その手はなんだ」榎木津が関口の腕を掴んで自分の方へと引き寄せようとすると
「やめてください。関口君は嫌がっているじゃあないか」と京極堂が負けじと彼の腕を引く。
嫌がるもなにも、関口は茫然と立ち尽くすのみであったのだが、榎木津と京極堂の、己の腕の引き合いは益々加熱し、取られたままの腕の指の先のほうから血の気が引いてくると流石に痛みすら覚えて
「ふ、二人とも離してくれ」と、おどおどと口を挟んだ。
「セキは黙ってろ!今日こそ決着をつけに来たんだっ」と榎木津は益々強い力で関口の腕を掴む。
「今日こそとは何だ。あんたが知ったのはそれこそ今日じゃないか」と京極堂の腕にも力が篭り、文字通り関口が悲鳴をあげかけた、そのとき――
「一体全体、なにやってやがるんだよ?え?」と木場が両手でそれぞれ榎木津と京極堂の腕を掴んだ。
「煩い!箱男は黙ってろ!」
「そうだ。旦那は関係ないだろう」今までの対立が嘘のように気のあった怒声が両者から返されたが、これで引くような木場では勿論ない。
「いいから離せって。痛がってるのがわからねえか」と無理矢理二人の手から関口を奪い取り、自分の背後へと隠したのだった。
「あ、ありがとう」蚊のなくような声で関口は木場の背中に礼を言う。
「…一体、おめえら、ほんとになにやってやがるんだ?」あきれたような木場の問いかけに、流石に少し素に戻った京極堂が困ったように口篭もりながらも
「旦那には関係ないんだよ」と呟くように答える。
「そうだッ!これは僕とセキと、この馬鹿本屋の問題だッ!」一向に「恥じる」という概念を持たぬように見える榎木津がそう、木場の身体を押しのけようとする。
「寂しいことを言ってくれるじゃねえか。さんざ修羅場を一緒にくぐってきた俺に向かって…」寂しいという言葉とは裏腹に思いっきり榎木津の肩を突き飛ばすと、木場は京極堂の方へ向き直り
「お前たちの諍いを黙って見ていられるほど、俺は冷めちゃあいねえんだよ」と凄みをきかせた。
何にも動じることがない拝み屋が一瞬ひるんだのは、木場の剣幕に押されたからと言うよりは、常識人たる己の自覚が今の自分の振舞いを恥じたからに他ならない。京極堂はますます苦虫を噛み潰したような顔になると
「別に諍いなどないよ」とふいと横を向いた。とそのとき、
「それならセキは僕が貰ってもいいなッ」嬉々として立ちあがったのは勿論榎木津である。
「誰もそんなことは言っちゃいない」京極堂がそんな榎木津を睨みつける。
「も、貰うって…」木場の背中で関口がそうあわあわと呟いている。
「なんだよなんだよ、お前等は一体何を争ってやがるんだ?」当惑したような木場の声。
「勿論、セキだっ」榎木津くらい、奔放に、己を恥じることなく生きていけるのは、本当に羨ましい……思いきり現実逃避している関口が心の中でそう呟いた次の瞬間、
「関口君、君はどっちを選ぶんだね。僕か。榎さんか」ついに理性の箍(たが)が外れたのだろうか、京極堂が自棄になったように、思いきり「そのまんま」な問いかけを関口に向かって投げかけてくるに至って、関口の思考能力はショート寸前の処まで追いこまれていった。
「選ぶって…どういう意味だよ」当惑を通り越して唖然としながら木場が榎木津と京極堂をかわるがわる見やる。
「選ぶと言ったら選ぶのだッ!セキは一体どっちが好きなんだ?僕か、この馬鹿本屋かッ」
直球ストレート!といおうか、デッドボールと言おうか――
「す、好き?」木場が頓狂な声を上げたのと、「言っちまったか」とでも言いた気にがっくりと京極堂が肩を落としたのが同時だった。
「お、お前らなあ…」唖然から愕然へと木場の気持ちは動いていくようである。
「選び給え、関口君」完全吹っ切れたのか、京極堂までがそう関口に詰め寄ってくる。
「え、選べって…選べないよぅ…」と関口が殆ど半泣きになりながら彼岸へ飛びかけたそのとき
「よしっわかった。こうしよう」木場はそんな関口を此岸へと引き戻そうとでもするかのように、がっしりと彼の肩を掴んだ。その凛々しい様子に関口ばかりか、榎木津も京極堂も木場を見つめる。
「いいか?お前等の乗ってる船が転覆した。関口は運良く板切れに掴まって浮いてるが、お前等は海で溺れている。」
「縁起でもない…」ぶすりと京極堂が呟く。
「例えばだよ。関口のつかまってる板切れはあと一人なら体重を支えられる。そのときどっちに手を差し伸べる?」
「……そりゃ、榎さんは体力あるから自力で岸まで泳げそうだし……」考えもせず即答する関口の答えに、京極堂の仏頂面が微かにほころぶのを榎木津が見逃すわけもなく
「そういう問題じゃない!この馬鹿ザルっ!」と関口の頭を思いっきりはたき
「例えが悪すぎるッ!この四角馬鹿ッ!」と木場の頭まではたこうとするのを、木場はかわしながら
「それじゃ、これはどうだ?関口、お前が無人島に行くとしたら、どっちを連れていく?」と関口の目を覗きこんだ。
「え?僕、無人島になんか行きたくないよ」榎木津にはたかれた頭を擦りながらそう答える関口の頭を、今度は京極堂が殴る。
「少しは旦那の意図も読み給え!この状況も把握し給え!」
「い、痛い…」骨ばった手が頭に食い込んだのか、関口はもう涙目になっている。
「よし。それじゃ、これはどうだ?この3人の中で誰かに抱かれなければ殺すと言われたら、関口、お前は誰を選ぶ?」
「そんな殺生な…」関口がほとほと困り果てた声を上げたそのとき
「ちょっと待った!」探偵が突然大声を上げた。
「なんでいつのまに、『3人』なんだッ?」


一同の目が、木場に集中する。


「……細けぇことは気にするな。」


少し照れたようにそう言う木場に肩口を掴まれたまま、関口の意識は完全に彼岸へと飛び去った。



『ブルータス、お前もか』



<終>